●最後に泥の洗礼が待っていた
5th stage
最終日。はぁ。最終日かぁ。ロシアでの非日常を思いっきり満喫してきたんだけど、やっぱ最終日でもうこれが最後と思うと何か悲しいです。それに雨のようだ(小雨です)。いままで4日間、めちゃ天気がよかったので、なんか余計ブルーです。
さくさく、支度を済ませてマシンの所に行ってみてびっくり!マップホルダーが雨で浸水しているではありませんか!!アチェルビス製で信用してはいたのですが全然ダメでした。この浸水のほかにも、ふたが外れないとか、きつくてマップ送りがスムーズにいかない、ライトが付いていないので夜はつかえないとか。今回のラリーで最も役に立たなかったアイテムです・・・。ということでこの日はマップを使わず、ひたすら他の人についていくか、タイヤの跡を見て走るということになりました(結局、これがまた不幸を呼ぶ)。
さて。例によって1,2日目と同じ広場をスタートし、相変わらずの穴だらけの道を走ります。朝のブリーフィングで、雨のために道がすごいことになっているため、ルート変更&制限時間延長が言い渡されていました。「こりゃ、先に行くが勝ちだな。」ってことで、雨でスリッピーな路面でもあるにもかかわらずぶっ飛ばします。ラリーに合わせて新品のエンデューロタイヤを履いていたのですが、さすがに最終日ともなるともうボロボロ。ブロックが取れるところまではいってないにしても、角は取れて丸くなっているし、ちぎれる前兆は出てきているしで、すでにまともとは言いがたい状態でした。それに、フラットダート・ガレ場・マディ・川と、とにかく変化が激しいので空気圧の調整もどこに合わせりゃいいのやら。
さて。舗装路から林道に入ると、いい感じに湿ってグリップのいい土のダートが始まりました。が、それもほんの数kmで終わり。その先には信じられない地獄が待っていたのでした。まさに、ロシアの大地が牙を剥いたという感じです。お湿り程度の雨しか降っていないのに、林道はもはや泥地獄と化し、道とは言えない状態になっていました。ここでも引くことを知らない俺は、ドロドロの上りを豪快にアクセルを開けて・・・、ずっこける!さっそく頭から泥に突っ込んで、泥人形となりました(笑)。最初からウエアーは泥まみれだったとはいえ、もう見る影も無し。ゴーグルも使い物にならず。おまけに、こけた弾みでハンドガードが動いてしまい、ブレーキレバーと干渉してしまう。ま、なんとかなるだろうってそのまま走り続けました。行く先は、ガレ場の上り。それが延々と続きます。ガレかたも並じゃぁない。角ばった大きな石だらけで、急なのぼりです。しかも上るにつれて霧のために視界が悪くなっていくではありませんか!こりゃ、アクセルを戻したら終わりだなって感じです。それに、辺りを見まわすと他のライダーなんていないぞ。エンジン音すら聞こえない。大体にして、地図を見ないで道なりに進んでいたので、これがオンコースなのかどうかも分からない。こんなところで、トラブったらヤバイなって思っている所で、オレに不幸が降り注いだのでした。なーんか、アクセルを開けている割には全然加速しない。悪天候&標高のせいでもないようだし、ガレているとはいえグリップしないようにも見えない。そして急にハンドルが取られて・・・。何が起きたかわからないうちに、ガレ場の上りで大転倒!!完璧にまくれてひっくり返りました。「?!?」とくにデカイ石にヒットしたわけでもないし。うーん。とりあえず、エンジン再スタートして走り出そうとするが、どーもおかしい。どんなに回してもぴくりとも前に進まない。ガレ場でグリップが悪いからという訳でもない。オレが坂道発進できないと言うわけでもない。と、そこにライダーが通りがかった(どうやら、オンコースだったようです)ので、助けてもらってその場はしのいだのですが、また訳のわからない転倒、そして発進できない・・。おかしい・・。で、よーく見ると・・・、なんとフロントホイールが回らなくなっているではあーりませんか!やっべー、ベアリングがイッてしまったか??いや、そんなはずない。とにかく何が何やらまったくわかりません。俺のロシアンラリーはここで終わりか、って大マジで思いしばらく呆然としてしまいました。そうこうしているうちに、後続に抜かれていきます。かなり後続とは離れていたのに、貯金を全部使ってしまいました。うーん。あきらめかけたその時、ブレーキランプが点灯しているのに気がつきました。そう、一発目にこけてハンドガードとブレーキレバーが干渉した結果、フロントホイールがロックしていたのです。つまり、オレはこのガレ場を(途中からではあるが)フロントホイールがろくに動かないまま走っていたということになります。なるほど、どうりでコケた訳だ。ちゅーことで、修理をして再スタート。畜生、なーにやってんだよ!って叫びながらの作業です。ま、どうせ辺りには誰もいないんですから叫べるときは叫んで、ストレスは溜めないようにしないとね。ロシアに来てまで溜めこむのは良くないです。発散するだけしてしまいましょ!
辺りを見渡せば、霧の中に小さな黄色や紫の花が咲いていて幻想的な景色でした。ここいらは、天気がよければ日本海を見下ろせる絶好のロケーションが広がる所。春の花咲く林道らしいです。標高は1000mほどあったそうです(知らなかった!)つまり延々と山を山頂に向かって登りつづけたってことですね。
山頂を通り過ぎてほっと一息ついたのもつかの間。下っていくにつれて、再び大マディ地獄。こんどはケタはずれの規模だ!!濃霧でろくに視界のきかないなか、ヌタヌタの道とは思えないような道です(だから道じゃないッちゅーの!)。こんなもん、見たことがない。大体にして、ふだん林道を走っていてマディが現れたらすぐ引き返すオレにとって、これは初体験&悪夢です。つまり、ろくにマディの走破技術は持っていないっていうことですね・・。もう、数え切れないほどコケました。そのたびにマシンの引き起こしでどんどん体力が奪われていきます。多めにドリンクを持っていったのですが、減りが早いのなんのって。
この道(?)はものすごーい深いワダチが出来ていて、ワダチというより「溝」という言葉がぴったりでした。なんせ、一番深いところではステップまで溝の中に入っていましたから。ラインは一本、この溝を伝っていくしかありません。同室の坪倉氏のレクチャーでは「ワダチは走るな、草の上を走れ」だったのですが、ほとんど実践できませんでした。溝から抜けようとするとすぐコケてしまうのです。やはり、多くのライダーが苦戦しているようで、ここで他のライダーと合流することになり集団が出来ていきました。この集団も大きくなったり小さくなったり。こういう難所は、ハマった時に助けてもらうためにも誰かにひっついていくに限ります!とにかく、ろくな技を持ち合わせていないもんだから、ついていくのも大変です。コケる回数が多いせいで、すでに腕上がりし握力は無くなって、息も上がっている状態。なんでロシアに来てまでこんな苦しい目に遭わなければならないんだ!ってのが本音でした。といってもまあ、こういうことをやってみたくてロシアンラリーに来たわけですから、たとえそう思ってはいても楽しんでいるんですよ。だって、みんなも絶えず笑顔見せているから。
 さて、名物とでも言いましょうか。ディープマディ。浅いんだか深いんだか全く分かりません。行けそうで行けない、曲者ばかりです。絶えず先頭に立ってレッキしてくれるのはドミネーターを巧みに操る#28厚主さん。あのビッグバイクでのマディ走破はマジでツライ体験だったはずです。でも、どんな形でこけても「うりゃっ」ってバイク起こしちゃうんだよね。テクニックも持っているし。SSERでCRM50を巧みに扱い、250ccをまくっていくというのはマジのようです。さて、厚主さんのレッキで藪の中を突き進んでいきます。こんなこといままでしたことありませんでした。あらたな楽しみを見つけたって感じでしょうか。それにしてもロシアンライダーはパワフルだ。彼らのバイクのタイヤはブロックパターンが無くなるほど擦り減っている。グリップ力なんて存在しないはず!なのに、いつも全開走行で、みんながハマッている泥の海も突き進んじゃうんです。うーん、どうやらこれが「体重トラクション」というヤツか・・。たしかに、みんなめちゃガタイがいい。こんな奴らと戦争したら絶対に勝てないねって思うくらい。なんせ、[CRM250]が[CRM50]に見えるくらいですから。
「CPまでだいたい4km」って途中みんなで話していましたが、この4kmが長いのなんのって。本当にいつまでこんな泥地獄が続くんだろうか。みんなでとにかく声かけて助け合って進んでいきました。
そしてようやく泥から抜け出し締まった路面に。ようやくぬけた・・。この時点でCP1の設定時間にぎりぎりといったところでしょうか?先行するライダーはそんなに多くなかったはずですから、後ろではもっと泥に苦しめられているってことでしょう・・。やっぱ、マディは先に抜けるに限ります。
●最後のミスコース
CPまでもうちょいというところ。今日はマップホルダーが使い物にならないので、最初からコバンザメ走行に徹していました。が、例によって調子にのり出して、路面についたタイヤの痕を見つけて・・・、そのまま右のほうへ。雰囲気からいって、このタイヤの痕を行っても道なりに行っても同じところに出るだろう、だったら近道って勝手に考えちゃいまして。集団の真ん中ほどを走っていたのですが、俺がコースをそれたせいで、後続がみんな俺についてきて、先に行った人も戻ってきて追いかけてきてしまいました。これで集団ミスコース。ひー、すいません。みんなのマップでは「こんな川無いなぁ」などいっていました。結局、同じところを行ったりきたり。川辺でも、タイヤの痕があるし、渡った先にもタイヤの痕が。俺はずっとオンコースと信じていたのですが、どうやらこれも地図を見ないロシアンライダーにつけたものだったようでした。完璧にやられました。結局、最初俺がそれたところまで戻ることになり、とちゅうで東福寺さんが川の向こうから戻って来いコール。結局、俺が右に行ってしまったところを右に曲がらず直進すればすぐ左にCPへの道があったとのことでした。うーん、CP直前でミスコース・・・。反省してます。みなさん、タイヤの痕には注意しましょう。
●走り納め
ダートを抜け舗装路に戻ると見なれたコース。例のバザーの目の前に出た。へー、こんなふうに回っていたのか!この道なら何回か走ったから地図無しでもOK。ってことでしたが、この道を走るのもこれで最後なんだなぁって思うと・・。そしてゴール。最終日といっても、いつもと同じ、オフィシャルの車の脇にポツリとゲートを作っただけの簡単なものでした。本当にうまく説明できないけど、このゴールをくぐったときこみ上げてくるものがありました。当然、完走できたという満足感も。なんて言葉で表していいか・・。これはみんなにも参加してもらって感じて欲しいものです!!
ゴールしてから、コンボイで洗車場へ。といっても、道をちょいと入った怪しい空き地。最初、どこに連れて行かれるのかと思いましたよ。この洗車は、船積みする際の検疫のために行われます。土や植物がついたまま日本には上陸できないとのこと。で、その洗車ですが、自分でやるのかと思いきや、小学生くらいの子供たちがやってくれるんです。しかも、ホースは数本しかないし、ブラシも少ない。結局、子供たちが手でゴシゴシやってくれるんです!5月初旬のロシア、めちゃ水が冷たいっていうのに素手でですよ!めちゃ、かわいそうでした。あまりに見ていられないかわいそうな姿なので、がきんちょからブラシを奪って自分で洗い始めると、別のがきんちょがよってきてブラシを俺の手から奪って「やらなくていい」っていうんです(意訳)。マジで、つらかったです。ポケットに手をやると飴玉が数個。そういや、途中でカロリー補給に食べていたっけ。残っていた分を、がきんちょに配って回りました。全員に行き渡らず・・・。最初に話してくれていればもっと持ってきたのに!とにかく、がきんちょたちに何かしてあげたかったです。何もできなかった自分が歯がゆくてしょうがなかった・・。
ところで。DRは洗車にも注意しましょう・・。そう、例によってまたエンジンがかからなくなっちゃいました。がきんちょたちはDRが水に弱いってこと知らないから、ところ構わず水をぶっ掛けるもんで、水没状態になったわけです。キック100連発でもかからず、他のライダーに手伝ってもらったり、見物に来ていたロシア人にキックしてもらったりと。最後には、そのロシア人が車を持ってきてくれて、「これで押しがけしよう!」って言ってきてくれたんですよ。結局、車が来て引っ張る用意していたときに息を吹き返したわけですが、みんなが何とかしようって助けてくれて、本当にうれしかった出来事でした。やっぱ、俺たちも何か恩返ししないと!
無事、エンジンもかかったことで、ようやく港へ。5日間走ったこの道とももうすぐお別れ。この町並みともお別れ。港でバイクを積んで着替えして。 ああ、終わっちゃったんだ。
ふと思ったこと。もし、このラリーに参加していなかったら、どんなGWを送っていたでしょうか?ただゴロゴロして無駄に時間を費やしていたのではないか・・・。そう、本当に貴重なかけがえのない経験をロシアですることができたのです!少なくとも、俺の周り友人の誰もが経験し得なかったことをできたのです。たしかに高いお金を払ってラリーという場を用意してもらったのですが、その後は自分次第で変わっていくんです。54人のライダー、同じコースを走ったとはいえ一人一人が見た景色、感じた思いは違ってきます。俺は俺の楽しみ方できました。でも、他の人はどんな楽しみ方をしたのかなって思うと、まだやり足りないことがあったように感じます。こりゃ、もう一度くるしかない!!
でも、お金がないから来年は無理、なら2001年だな。ちょうど10回の記念大会(勝手に記念大会と決めつけている)だし、21世紀最初の大会だし!

戻る